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楽育のたね

Author:楽育のたね
小学1年生の息子と、年少さんの娘、林成之式育脳メソッドを活かし
“楽育”実践中。
子育ても仕事も奮闘。
プレママ・子育て現役ママの笑顔を求めて、育脳セミナーや、親子教室・イベントなど、さまざまな活動をしております。
素敵な出会いがありますように…。

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楽育

鬼アプリ

鬼アプリの存在を知りました。
こんなの ⇒ クリック

寝ない子
歯磨きしない子
親の言うことを聞かない子
などなど、
親が手こずったときに取り出す必殺技の模様。

アプリがなくても、迫真の演技で「こわいこわいさん」を演出していた私。
ちっとも寝ない息子が1歳の頃に、とどめの寝かしつけとして「こわいこわいさん」を投入。
最初は効き目があったのだけれど、
そのうち
「寝ると恐怖が襲ってくる」という刷り込みが入り、
逆効果に…。
「ねるのこわい~」と言いだすとは思わなかった。
かくして、「こわいこわいさん」はいなくなりました。

鬼アプリのことを聞いて、久しぶりに「こわいこわいさん」に会いたくなり、
これまたちっとも寝ない娘に投入。
「こわいのいや!」と拒否。
傍で聞いていた息子も、
「そんなおはなしはききたくない!」
不評。
やっぱり「こわいこわいさん」の出番はない。

育脳を学び、
記憶の定着度を高めるには「寝る前に思い返すこと」が効果的だと知ってからは、
寝かしつけの際に‘恐怖’を刷り込んだらあかんやろ、と思い至りました。
息子よ、ごめんね。
無駄に怖がらせてしまったね。


「寝る」
「歯を磨く」
「約束を守る」
毎日の習慣づけは、基本、楽しくなくちゃ定着しない。
これ、脳のしくみ。

「怖いから…やる」
「怖いから…やめる」
恐怖をトリガー(引き金)にしてこどもに言うことを聞かせることは可能だけれど、
これは、目の前にニンジンをぶら下げるときと同様、
こども自身の「やる気」を引き出すことにはつながらないので、
延々とやり続けなくてはいけない羽目に陥る。
これも、脳のしくみ。

万策尽き果て、
たまに登場する「鬼アプリ」はありかもしれません。
でも、
毎回登場させると、
こども自身が「自分で考えて行動する」機会を奪っちゃうことにもなるのでは…。


生まれてこの方、
「一人で寝る」「いつのまにか寝る」「疲れ果てて寝る」ってことのないわが子2人。
こっちがしんどい時には、
「体に害のない麻酔銃を開発してほしい」と心から思ったことも度々。

子育て中の「しんどい」を解消してもらえる便利グッズは、
ないよりあったほうが気持ち的にありがたい。
でも、あくまでも「親にとって便利」なだけであって、
「こどもの成長に活かせる」ものとは限らないってことは、
ちゃんと自覚しておこうと思うのでした。


手を出したら使っちゃいそうで、手を出さない「鬼アプリ」
すごいもんが出てくるなぁ。

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MOM BABY FESTA 2013 始まりました

ピースマムさん主催の、MOM BABY FESTA 今日と明日の2日間開催。
明日は、私も親子プログラムで参加。
なので、
今日はこれから会場内の様子を伺いに…。

IMG_9796.jpg

ちなみに、
明日の親子プログラムは…
お家で手軽にできる、ふれあい遊び・じゃれあい遊びのご紹介。
実は、
親子遊びの中で、こどもたちの「集中力」や「感情をコントロールする力」は育めるのです。
そんなお話もします。

既に予約受付を終了しておりますが、
当日参加の受付も、先着順で可能だそうです。

日時:10月19日(土)12:30~12:55
 対象は、0歳~のあかちゃんとご家族です。

場所:守山市 あまが池ぷらざ(JR守山駅より徒歩5分)

お時間の合う方は、ぜひ遊びに来てくださいね。

詳しい案内はこちらから ⇒  ピースマムホームページ

10/17開催 子育ち講演会 in 長浜市民交流センター

本日は、長浜市にある4つの子育てセンターの合同企画として、子育ち講演会を。

IMG_9785.jpg

主に未就園児さん、0~3歳のお子様対象のお話。
テーマは、
こどもが変わる生活習慣づくり ~文武両道で性格もいい子に育っちゃおう脳科学のお話~

勉強をする、スポーツをする、そのときの司令塔は“脳”。
そして、豊かなこころを生み出すのも“脳”。
こどもの脳の発達段階に応じたアプローチを試みると、
こどもたちは持って生まれた力を活かして成長していきます。

0~3歳の時期は、一生の中で唯一「脳神経細胞が増える」時期。
豊かなこころを育む絶好の時機。
でも、
だからといって、
「頑張って育てなくちゃ」と大人が意気込むと、
こどもは息が詰まっちゃうもので…
無用な癇癪持ちになったりします。

どんな声かけをしたら、
どんな関わり方を心がけたら、
親子でにっこにこの毎日が送れるのか、
そんなお話をご紹介。

「あかん」
「まだ、できひんて」
「やめときやって、何回ゆーたらわかんの?」
「いいかげんにしなさい」
って、口にする側もしんどいし、
言われた側の脳は「聞きたくない」って、バリアをはっちゃう。
いいことなし。

ならば、
「誉めてみよう」
「いっしょに遊んじゃおう」のアプローチ。

「今も昔も子育てってかわらないんですね」ってお声をくださったおばあちゃまがいらっしゃいました。
そうそう、今も昔もおんなじ。
特別なことではなく、
毎日の生活の中に溶け込んだもの。
ネガティブではなく、ポジティブ。
親子で、
家族で
「うれしい・たのしい・大好き」がたくさん共有できると、
もうそれだけで、文武両道で性格もいい子が育っちゃう。
そんなお話でした。


熱心に聞いてくださった皆様に感謝。
託児ルームで待っていてくれたこどもたちに感謝。
講座の最中に、あかちゃんモデルとして抱っこさせてくれた0歳児さんに感謝。
そして、
託児スタッフの皆様、
講演会をコーディネートしてくださった支援センターの皆様、
本当にありがとうございました。


終了後、
子育て支援センター「サンサンランド」さんにお邪魔しました。

IMG_9787.jpg

中も外も、広い!
そして遊び道具も豊富。
ただただ、感動。
うちの子が就園する前の遊び場にしたかった~。
長浜にお住いの皆様、ぜひご利用くださいませ。
広い空間は、こころも開放的になれそうです。

IMG_9786.jpg


ちなみに、
  長浜市では、子育て情報配信サービスとして「ながはま子育て応援めーる」を配信していらっしゃいます。
  案内や登録は ⇒ こちらから
こういうサービス、嬉しいですよね。
 

おっぱいぱい

片手にフォーク、片手にスプーンを持ち、
「おっぱいぱ~い」と歌いだす娘。

2歳と1か月が経ちましたが、
今も寝る際にはおっぱいを飲み、夜中も3度、4度と起きて、おっぱいを飲む。

この時期に私が風邪をひく原因は、
百発百中、夜中の授乳。
何が何でもおっぱいをくわえたいという強い意志(もはや本能)を持った幼児の力は強く、
寝ぼけているにもかかわらず、
強引に母のシャツをまくり上げ、目的を達成する。
渡すものか!と母が応戦しても、
力づくで獲物を狙いに来る。
攻防です。

おっぱいを飲んだ後は、もはや母に何の興味もなくなるので、ほったらかし。
めくれ上がったシャツ…のまま。
力尽きて寝ている母も気づかず、
お腹を出したまま布団もかけずに寝る…から、風邪をひく。

母「何歳になったの?」
娘「2ちゃい」
母「2歳はあかちゃん?おっぱいはあかちゃんが飲むねんで」
娘「あかちゃん(になるわ!)」
母「あかちゃんになるん?」
娘「ばぶ~」

なかなか賢いやりとりで。

そんな娘も、
人前で「おっぱいを飲んでいる」と指摘されるのはおもしろくないようで
母「今日も、夜、おっぱい飲むの?」
娘「のまにゃい」
母「ほんまに?」
娘「(自分は)2ちゃい!」

飲まない宣言をしていても、そんな約束が守れる年齢でもなく、
夜は
娘「おっぱいのもか?」
母「いやや」
娘「のむ」
母「いやや」
娘「おっぱい、ちょーだいよー!(怒・泣)」

もはや栄養供給の役割ではなく、安定剤と化したおっぱい。
兄のときは保育園入園準備として12か月のときにおっぱいをやめた。

娘は、7か月で保育園に入園したので、おっぱいを辞めるタイミングを逃したまま現在に至る。
ここまで来たら、本人が「いらん」というまで待ってみようか…と実験の域。
いつまで飲むんやろう?

でも、夜中の授乳はやっぱりしんどくて。
でもでも、授乳は愛おしい時間でもあって。
でもでもでも、ここらへんは全部母の都合で。
とどのつまりは、
娘に任せよう、ってことに。

葛根湯を飲もう。


おおきくなったなぁ

こどもたちが遊んでいるところを見ながら
「成長したなぁ」と感じることが頻繁に。

ママのお仕事にお付き合いいただいたお返しに、
夕暮れ時の荒神山の麓の公園へ。

「やったぁ!」一目散に駆け出す兄。
「まってよ~」追いかける妹。

遊べる遊具が異なるので、
思い思いの場所に走っていく。
こういうとき、分身の術を会得したいと本気で思う。
「けがをしたらどっちが大変か」を基準に、付き添う場面を選ぶ。
必然的に、2歳児に張り付くことに。

お兄ちゃんとおんなじことをしたいので、
こんな遊具にも臆せず登る。

IMG_9770.jpg

「あみあみ~」と言いながらよじ登る。
同じバージョンで、さらに高くて長い遊具にもチャレンジ。
何度も「支えたい」衝動にかられるも、じっと我慢。
よ~く見てたら、
どこに足を運べばいいか、手の位置はどこがいいか、ちゃんと考えている。
登りやすそうなポイントも探してるし、
お友達が登ってきて遊具が揺れるときには、ちゃんとロープにつかまっておさまるのを待っている。
「かしこいぞ!」
感心。

親の口出し・手出しは無用だと実感する。
ほんまに。


滑り台のところで遊んでたら、
「おばちゃん」と3歳男児にナンパされる。
いっしょに遊んでくれるらしい。
「喜んで!」

すると、いつのまにか息子も参戦。
ごくごく自然に仲良くなって、最後は男児戦隊が木の枝を武器に母を狙うという構図に。
何やら基地っぽいところに枝をため込み、
さらに、
娘と遊んでいる私の背後に石を置き、
「ばくだんやで」と。

IMG_9775.jpg

ママが大好きな息子は、自分以外のこどもと遊ぶママの姿が嫌でした。
「ママは、ぼくのママ。みんなのママとちがう」と言いながら、
私の手を引いて「むこうにいこう」という場面も度々。
3歳までは多くみられた場面。
4歳になっても、ときどきありました。
でも、5歳になった今、友達同士で遊ぶ楽しさにも気づいたようで・・・。
これは、わが家の息子にとっては、本当に大成長。

自分の方がお兄ちゃんだと分かると、
それなりに年下の子に気遣いが。
小さな我慢が可能になっている。
「すごいなぁ」

帰らなあかん時間も、事前に約束をしておけば、ちゃんとわかってくれる。。
「いやや!まだあそぶの!」と駄々をこねることもなく。

遊具で必死あそぶあまり、おもらししちゃったお友達を見つけた際には、
「あのひと、おもらししやはってん」
「どうしやはるの?」
心配そうに後を追う。
お友達のおばあちゃんを見つけたら「あそこで、おもらししやはった」と告げる。
そっとしておいてあげたら?と思うけれど、
気が気でないらしい。

いろんな場面で
「気づく」「気づかう」力が育っていることを発見。
こどもの成長に合わせて、親からのアプローチも変えていかなあかんな…としみじみ。
2歳・3歳の子とおんなじように扱ってたらあかん。
誉め方も・叱り方も、
息子サイズで。

おむすび

佐藤初女さんの講演会に。

佐藤初女さんを初めて知ったのは、この本を手にしたとき。

IMG_9646.jpg

おばあちゃん子だったので、
まるで自分のおばちゃんからの語りかけのように感じられて、
するするする…と読み進めたことを覚えています。

「子育て」という切り口から出会った初女さんですが、
当日の講演内容や、参加された方の声を伺うと
「森のイスキア」や「おむすび」「食」といったキーワードが主流で。
 ※森のイスキアについては ⇒こちらを

会場の中、お隣に座った方とお話しする機会がありました。
岐阜県からお越しの方で。
初女さんの「おむすび」講座も受講されたことがあるそうです。
初女さんのお人柄に魅かれて集まった500人の中の1人になれて、ちょっと嬉しかったです。

講演を拝聴しながら、
改めて「おにぎり」と「おむすび」の違いを考えました。
(そんな内容の講演ではなかったのですが、私の中では盛り上がったテーマでして…)

こどもたちに「おにぎり」を握る機会は多い。
朝食に出すことが多く、
忙しい時間の合間を縫って、サランラップを使いながら、ぱぱぱっと作る。
あるいは、一口おにぎりを簡単に作る「しまじろう」のグッズを使う。
ちゃんと食べてほしい、そんな思いはこもってますが、
母のぬくもり・愛情を、手から伝えているか?と言われたら、
NOです。

こどもたちに対する愛情は、山盛り・てんこもり。
愛おしくて仕方がない。
「大好き!」って気持ちもストレートに伝えてます。
でも、
「食」を通じて伝えたことがあるか…と聞かれたら…自信がない。

ひとの体は「食べる」ことによって成り立っています。
美味しいものをたべることが、どれだけ体の礎になることか。
そんなお話を聞いて、
いろいろ考えました。

添加物のないもの
無農薬のもの
産地を厳選した一流のもの…などなど
野菜・肉・魚・米・調味料に至るまで、「食」にこだわりだしたらきりがない。
この「こだわり」がなんだか面倒くさくて
「楽しく食べられたらいいやん」派で来ました。
でも、
こどもたちの体をつくるのは、「愛情」だけではなく「食」。
そう思い至ると、いいかげんにはできひんぞ、と。

じゃ、何から始めるか。
料理が得意なわけではないし、めっちゃ好きなわけでもない。
厳選素材を探し、
手の込んだ一品を準備することはできない。
私が楽しくない。

そう考えたら、たどりついた先はおむすび
ママの手で、ふんわり握ったおむすび。
手に水をつけて、お塩をふって握ったおむすび。
もちろん、のりも。

おむすびって、「ママの愛情、手渡しやん」ってことに気づきました。

こどもの食べやすいように一口サイズを準備しようと思うと、
どうしても「おにぎり」になる。
ここが、違う。
「こどものために」なんてことよりも、
「おいしく食べてね」という思いでおむすびを握る。
上手に食べられず、ぽろぽろ落としたっていいやん。
美味しいおむすびだったら、ちゃんと米粒を拾って食べるはず。

「ご飯粒をこぼされたら面倒くさい」って、
頭のどこかで思ってた自分に気づく。
「要領よく食べてほしい」が優先されて、
こどもたちの「食べる」ことへの関心を育む機会を設けてこなかったことに気付く。

おむすび、握ってみよう。

介護と保育

10月10日、先月に引き続き、2回目となる開催。
介護職員初任者研修を担当される方向けの講師研修。

日頃、介護の現場の最前線でご活躍されている方々が、
未来の介護職員を養成する講座を担当されます。
講師業が専門というわけではいらっしゃらないので、
講座の展開の仕方や、「伝える」ということについてお話しするのが、
私の役割。

今回は、介護の実技を指導する際の留意事項についての講義もあり、
こちらは介護指導のプロ、中村真理先生が担当。
「介護」も人と人とのコミュニケーションの一環であるんだな…ということを実感しながら
講義の様子を見ていました。
久々に出会った、骨格標本。
インパクト大。
思わずパチリ。

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「高齢化社会」から「超高齢化社会に」。
4人に一人でお年寄りを支える時代から、2人で一人のお年寄りを支える時代になるのは遠くない現実。
明らかに「介護スタッフ」の数が必要です。
でも、
数が必要だからと言って、誰でも気軽に取得できる資格であってはならないと思います。

十分な知識とスキルを身につけたからと言って、
介護を必要とされている方に寄り添った介護が実現できるとは限らない。
・相手の気持ちを慮ることができるか
・利用者さんだけでなく、職場の同僚にも気遣いができるか
・場の空気を良好に保つことができるか
・常に「何が最善で最適かを考える」努力を惜しまないか
・そもそも「気づき」の視点を養っているか

などなど
人が人を相手にする業界では、「人間力」を磨く努力が不可欠。

資格を得た時点で安堵しているようでは、
実践の場では「使えない人間」に成り下がってしまします。


知識とスキルを教えるだけ…の講座を修了しただけで「介護」の現場に入っていく人。
「介護の現場の様子を具体的にイメージしながら」
「利用者さんの視点に立ちながら」
「何が最適を常に考えることが必要なんだ」と意識することを学んで「介護」の現場に入っていく人。

真に求められている人材は?

そう考えたとき、
本研修にご参加くださった皆様方には
「未来の介護職員」を人財とする講座を展開して頂きたいと思います。
そんな思いを込めて研修を展開。

私自身が大きな気づきを得た一日でした。
ご参加くださった皆様、
ありがとうございました。


うふふふふ

一週間ほど前から、娘の笑い方がおもしろい。
口に手を当て、
「うふふふふ
一見、とても育ちの良いお嬢様のような笑い方。

どこで覚えてきたのか…?
わからない。
でも、明らかに「笑い」を取るために演じている様子。
関西の子やなぁと思います。

「ママ?」と私を呼んで、
「うふふふふ
めっちゃおもしろい。

生粋の男の子道を歩んでいるお兄ちゃんの影響で、
リビングには戦隊シリーズや仮面ライダーシリーズ。
恐竜のソフビ人形に、ブロック。
それらを愛用している娘。
女の子仕様のおもちゃが圧倒的に少ない中、
私の仕事用のあかちゃん人形に興味を示し、
せっせとお世話を始めるようになりました。

慌ただしい朝にお化粧をしていたら、
「ママ、みて!」
廊下から声がする。
のぞいてみたら、
「あかちゃん、ねんね、いっしょ」
「ママ、とんとんして~」

訳)お母さん、あかちゃんを寝かしつけたよ。
  隣で私も寝てみるね。
  だから、お腹をとんとん(優しくたたきながら)しながら、寝かしつけをしてね。

IMG_9609.jpg

毎度のことながら、あかちゃんにかぶせる布団のセレクトが
何でも載せればいい的な発想で。
自分のお腹にも布絵本を載せ、お布団代用。
しかも、
今日は、あかちゃんの枕が…鍋。
頭がゆだります。
何よりも、
あと15分で家を出るで!保育園やで!

数秒の間に、
自分の中でいろんな突っ込みを入れながら、
息子を呼んで爆笑。
「あかちゃんの枕、鍋やで!」

でも、
お人形のお世話をして遊ぶ姿は、兄にはなかった光景。
女の子脳・男の子脳の特徴を体感中。
おもしろい

たべる

近江八幡の伝統野菜。
北之庄菜

今秋より畝をお借りして栽培を始めました。

一畝目。
先日の台風で、蒔いたばかりの種が流されたので、
残った北之庄菜は多くはない。
それでも、ぎゅっと寄り集まって生えているものを間引き。

間引いた北之庄菜はこんな感じ。

IMG_9548.jpg

どんな味がするのかな…と、サラダで食べてみる。
左側が間引いた北之庄菜。
(ちなみに、右はからし菜)
北之庄菜は‘かぶ’。
イメージが先行しているからかもしれないけれど、
やっぱりかぶの味。

IMG_9557.jpg

台風で種が流された畝を見て、
「もう一畝、蒔くか?」と声をかけていただき、
4日前にもう一畝お借りして種を蒔きました。
そこから、ちょこっと芽を出した北之庄菜。
こんな感じでした。

IMG_9545.jpg

実は、北之庄菜と野菜の種まきには、息子と娘も参加。
その後の折々の畑仕事にも、息子は好んでついてくる。
深く考えているわけではないけれど、
畑にゴミが落ちてると(風でいろいろ飛んでくる)
「ママ、ひろとこうな」と言ってくれる。
大切な野菜のお家だということは理解しているようで、
ちょっと嬉しい。

自分の食べる野菜がどこからやってくるのか…だけでなく、
どんな過程を経て野菜ができるのかも、
遊びの中で学習していっているようです。
もともと狙っていたわけではないけれど、
畑仕事に連れてきて良かった…と思います。

この北之庄菜を育む台地が、北之庄という土地。
実は、私が間引き作業をしていた近くで、
息子は枝豆を収穫していました。
保育園のバスの運転手さんのご厚意で、
保育園からご自分の畑に連れて行ってくださったのです。

IMG_9550.jpg

遠くから見ているつもりが…
車で横をそろ~っと通り過ぎたい衝動に駆られ…
結局、車の窓を開けて手を振っちゃいました。
「ママ!」
嬉しそうに声を上げる息子の手には、立派な枝豆が。

畑で、
田んぼで、
季節を感じ、
収穫のおもしろさを知り、
「たべる」ってことを意識する。

ええ環境で育ってるなぁ…としみじみ。

娘にも少しずつ体験させてみようと思います。

合意形成

いろんなところで合意形成を図ろうという場面に出くわします。

管理職時代の合意形成のイメージは、
「みんなで十分に議論を交わし、
 十分に納得したうえで、
 同じ方向に向かって進むようになること」
会社員だったので、
会社の理念から外れるわけにはいかないですし、
何と言っても、掲げた予算を達成せねばならないという、
譲れない確固たる目的がありました。
職員一同、足並みをそろえて働くことが大前提。
多少違和感があっても、「予算達成」のためには、合意を形成していかねばなりません。
そういう世界です。


でも、今は違うイメージを持っています。
「みんなで十分に議論を交わし、
 その結果、右に行きたい人も、左に行きたい人も、
 いろんな意見や考え方があるんだということ自体をみんなで共有し、
 『違いを認めながら』活動を共に進めていくこと」
表現したら、こんな感じでしょうか。

いろんな方とお出会いし、
いろんな活動を共に重ねていく中で、
たくさんの「気づき」「学び」「刺激」もあれば、
ちょこっとした「違和感」を感じることもあります。

昔は、この「違和感」に引きずられることが多く、
「なんで?なんでそうなるん?」と悶々と思う場面もありました。
今でも、少なからずある。

でも、自分の感覚が絶対的に正しいのか…と問いただすと、
いやいや、そうではないだろうと、それは即座に判断できる。
となれば、
「なるほど、そういう考え方もあるんやね」とか
「そういう生き方もあるよね」とか
「気づき」に変えていくしかない。
そして、それを緩やかに吸収して
「いろいろあって当たり前が世の中」って自然に思えるようになれればいいな…
と考えるようになってきました。

毎日の子育てにも当てはまる話で。
「なんで?ゆーたようにせーへんの?」とか
「このタイミングで、そうゆーことするか?」とか
突っ込みたいところが山盛りある中で、
それでも、こどもも一人の人間で
どれだけ小さいこどもでも
「考える」ってことをする以上、
「自分の思い」を持っているだと考えたら、
私が親なんやから!と大人の考え方をぐいぐい押しつけたらあかんやろうと思い至る昨今。

「なんで、そうなるん?」と尋ねてみて
「なるほど、そういうことね」って、
こどもの考えに感心できるようになると、
必ずしも自分と同じ意見でなくとも、
まるっぽこどもを受け容れられる余裕が出てきました。

まぁ、
それでも、ときには感情の赴くままに自分の意見を押し付けてしまうこともあり…
あっちいったり、こっち行ったりしながらの、
子育てです。

合意形成は、何が何でもみんなの意見を同じにすべき性質のものではないって解釈を始めてから、
ちょっとだけ穏やかになった気がします。